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ステップファミリーという選択とDDと私

2019-07-24 16:12

こんにちは。4回目のエデュママブログはエデュナビ編集局の秀鈴が担当です。

私には息子が一人。幼いお子さんたちが多いエデュママメンバーの中ではかなり年上で大学4年生。もう「子ども」とは言えません。無精ひげが生え、毛深く、腹も出てすでにおっさんの部類です(見た目もおっさんぽい)。

そんな息子(男子大学生なのでDDとしておきます)ですが、苦戦続きの就職活動がようやく終わり、なんとか就職先も内定!17年に渡る子育てが終了しました!

・・・ん?
DDは大学4年の21歳(早生まれ)。
子育て17年。
計算が合わない・・・?

はい、私とDDの親子関係が始まったのは彼が4歳のとき。
私達は「ステップファミリー」なのです。

 

家族の形態はさまざま「ステップファミリー」

「ステップファミリー」という言葉は、最近になって使われることが多くなりましたが、まだあまり浸透しているとはいえず耳慣れない人も多いかと思います。成り立ちはさまざまですが、基本的には離婚もしくは死別によって配偶者と別れて子どもがいる人が、別の相手とともに新たな家族となった状態をいいます。

DDは夫と別れた奥さんである「生みのお母さん」とお母さんの実家で暮らしていましたが、事情があってうちで育てる事になりました。
当初私に気兼ねし引き取ることに躊躇していた夫でしたが、「この機会逃すと一生子どもと会えないかもしれないからとにかく連れてきなさい」という私の一言がきっかけとなり、4歳の夏、坊主頭の幼児だったDD(あの頃が懐かしい…)がやってきたのです。
それまで私とは面識があったこともあって、意外なほどすんなりと3人での生活が始まりました。

家族それぞれのビール

3人で内定祝い。ビールで乾杯する日が来るとは…

 

突然の「子育て」はとにかく本人に任せる

自分から招いたこととはいえ、いきなり4歳児を育てることになった私。
じゃあ何をしたのかというと、特に何もしませんでした。
もちろんご飯をつくったり、保育園の送り迎えなど生存に必要なことは当たり前のこととしてやってましたが、お母さんになろう、ならなきゃという気構えは一切持たず、できるだけ自然にDDと接することにしていました。

当時、私を「お姉ちゃん」と呼ぶDDを義母が見て、「お母さんと呼ばせないと」とも言われましたが、本人が呼びたいように呼ばせていました。

4歳ともなれば、自分がどうしてここに来たのかなんとなくでもわかっていますし、生みの母親の記憶もあります。ただでさえ、新しい環境の中にいる子に対して「私のことをお母さんといいなさい」とか、ただ混乱させるだけだと思ったからです。

ではそんな子に、どう接していたか。
一つにはまず観察。

これは私個人の見解ですが「子どもが何も言わなくてもその子が何をいいたいか、考えているかわかる」という血を分けた親子的テレパシーなことは、我々の関係ではいっさいあり得ない思ったので、この子はどんなことで反応するのか、できるだけ客観的に(←ここは結構意識して)行動生態を常に観察していたように思います。

さらに、会話。
とにかく話すこと。日常的なことでもテレビ番組、ゲーム、音楽など、他愛のないことでもいろいろ話してました。とはいえ、DDは口から生まれたんじゃないかくらいよくしゃべるので、最終的には「とにかく黙っててくれ」とこちらから言い出すほどでした。

おしゃべりは今も変わらず。とにかくなんでも聞いてきます。

「今日、雨降る?」(私は気象予報士ではない)
「いま何時?」(お前の腕には時計があるだろう)
「夕飯なに?」(考えとらん)
「来週の金曜日の夜と再来週は◯◯がある」(今から言われても忘れる)

いくつになっても変わらんなぁと思っていましたが、彼にとってのコミュニケーションのきっかけなのかもしれないと思うようになりました。

 

とりあえず休む場所は用意しといてやるからな

そんなDDですが、さらに紆余曲折あって今は私と二人暮らし。
内定した会社は大阪に本社機能があり、新人は本社勤務となるため来春には家を離れます。

子育て終了後に私ができることといえば、たまに帰ってくるかもしれないDDに休む場所を提供するくらいなもんです。出ていったあとの部屋はリビングに拡張することを虎視眈々と考えていますが、帰ってきたときに使う布団一式とパンツと靴下くらいは用意しておいてあげようと思っています。

その前に!
卒業単位をとってきちんと卒業!
就活で講義に出なかった分、これだけは確実に遂行してもらわないと困ります。

「今期は確実に2単位落とすから〜」とDD。

やめてくれ、不安要素は残すな!